2010年04月25日

モーチュアリー(3)

モーチュアリー(3)>

「重ねた齢は、私の体に重くのしかかっているがな、休み無きものよ」 彼は羽ペンを下へ置いた。「…だが、私はまだ聴覚障害になってはおらぬ」 

彼が助けてくれるだろうか、と私は思った。

「“休み無きもの(restless one)”? 私を知っているのか?」

「知っているか、だと? 私は…」話をすると書記の声に苦痛が伺える。「私がお前を知っていた“ことはない”な、休み無きものよ。お前が自分を知っている以上のことは何もな」 彼はしばらく黙っていた。「お前は忘れてしまったから、知らんのだな?」

「あなたは誰“なんだ”?」

「いつもどおりの質問だ。そして誤った質問だ、いつものとおり」 彼は僅かに前のめりになったが、その動きで急に咳き込み出した。「私は…」 彼は少し休み、息を継いだ。「私は…ダール(Dhall)」。

「この場所は何だ?」

「お前はモーチュアリーにいる、休み無きものよ。またお前はやって…来た…」話終える前に、ダールは突然咳き込んだ。少しして落ち着き、またゼーゼーと呼吸をする。「…ここは、この生(life)の影から離れようとしているものたちのための、待合室だ。

「ここは、埋葬あるいは焼却されるために、死体が送り込まれる場所だ。死体の世話をするのがダストマンとしての我々の責任だ。“生の影”を去り、真の死への道を歩く死者たちのな」ダールは不安に声を落とした。「お前がこの場所を認識しないのであれば、お前の傷は重い犠牲を強いられたに違いない。それはほとんど家(故郷:home)のようなものだな。」

「生の影(shadow of life)?」

「そう、影だ。お前も知ってのとおり、休み無きものよ、この人生というのは…本物(real)ではない。お前の人生、私の人生、それらは影だ。かつて、それがちかちかと明滅していた生の、な。この“生”は、私達が死んだ“後”、最期に落ち着く場所だ。そしてここでは私達は…罠にかかったままなのだ(trapped)。閉じ込められてな(Caged)。私達が“真の死”へとたどり着けるまでは」

「真の死(True death)?」

「真の死は非存在の内に。状態に理由は無く、情熱も無く、感覚も無い」ダールは咳をし、苦しそうに呼吸を整える。「清浄の状態だ」

「何故ダストマンたちが私に死んでもらいたがっているのか、おそらくあなたなら説明できるのでは」

ダールはため息をついた。「決して真の死に辿り着くことができない魂たちが存在すると言われておる。死は彼らを見捨て、彼らの名は決してデッドブックに書き込まれることはないだろう。お前が成したがごとく死から目覚めるということは…お前がその魂たちの一つだということを示唆している。お前の存在は、我らのファクション(faction)には受け入れられないのだ」

「“受け入れられない(Unacceptable)”? 私を良い状態にしておいてくれるようには聞こえないな」

「お前は理解せねばならん。お前の存在は彼らには冒涜なのだ。我々のファクションの多くのものが、お前に火葬を(火葬されるように)命じるだろう…もし彼らが、お前の苦痛に気がついたらな」

「あなたはダストマンだ。だが、私を殺すことに熱心ではないようだ。何故だ?」

「私達の信念をお前に強要するのは公正ではないからだよ。お前は、この生の影をお前自身で断念(give up)せねばならぬ。我々がお前に強要するからではなく、な」 ダールはまた咳き込みそうになったが、なんとか咳を押さえ込んだ。「私がこの地位に留まっている限りは、自分自身の真実を探し求めるお前の権利は、私が保護しよう」

「私は一度ならずここへ来たことがある、とあなたは言う。ダストマンが私を認識しないのは何故だ?」

「私は書記だ、モーチュアリーにやって来るあらゆる抜け殻(shell)の目録作成者(cataloger)だ」 ダールは少し咳き込み、気を静めた。「私だけがスラブの上に横たわるものたちの顔を見るのだ。お前の存在という暗黒(dark)は私がおれば安全だということだ」

「私が誰なのか知っているのか?」

「私はほとんど何も知らぬ、休み無きものよ。お前と共に旅をしたものたちや、今では我らの保護の下で横たわるものたちを少し知っているくらいだ」 ダールはため息をついた。「お前が二度と他人に同行を願うことがないように、私はお前にお願いする(ask)よ、休み無きもの ー お前が歩む所には、不幸(悲惨:misery)が歩む。お前の荷物はお前自身で負うがよい」

「私と旅したものたちがいた? 彼らがここに?」

「下のメモリアルホールに埋葬されている女性の死体を知らぬのか? 彼女は以前お前と旅していたと思ったが…」 ダールはまた咳をし始めるように見えたが、呼吸を静めた。「違っていたか?」

「彼女の体はどこに?」私は尋ねた。私が彼女をどのように知っていたのかはわからなかったが。

「下の階の、北西のメモリアルホールだよ。そこの棺台を調べれば…記念盾(memorial plaques)の一つに彼女の名前があるはず。おそらくそれで、お前の記憶は蘇るだろう」

「私と旅したものたちで、ここに埋葬されているものは他に?」

「まず間違いなくここにおる、が、彼らの名を私は知らぬし、どこに眠るかも知らぬ。お前と同じように、あるものは多くのものが歩んだ道を去り、ほとんど生き残ってはおらん」 ダールは私の周りを身振りで示した(gestured around me)。「あらゆる死者はここへ来る。幾人かはかつてお前と共に旅したはずだ」

「私はどうやってここへ?」

「お前のカビ臭い馬車(chariot:チャリオット。戦闘用の一人乗り二輪馬車、儀式や遊覧用四輪馬車)がお前をモーチュアリーに運んできたのだ、休み無きものよ。お前を運んできたカートに悪臭と膿を置いていった忠臣の数からすると、お前はまるで自分を王族のようだと思うだろうよ。

「お前の体はどこか山の真ん中、死体が積み重なった山の上で蠢(うごめ)いていた」 ダールはまた激しい咳の発作に見舞われ、数分してようやく呼吸が整った。

「お前の“執事”ファロドは、毎度のことだが、モーチュアリー・ゲートにお前たちを投げ捨てては、カビ臭いわずかな銅貨を喜んで頂いておるよ」

「そのファロドとは?」

「彼は…死体のコレクター(colletor:収集人)だ」ダールは不規則な呼吸をし、そして続けた。真の死の道を歩む人々の、その肉体を漁り(scavenge:「清掃する」の意味もある)、彼らが適切に埋葬されるように、我々の所に彼らを運んで来る、そういった者どもが町にはいるのだ」

「ファロドのことを好いているようには聞こえないな」

「尊敬しているものも幾人かはいるがな、休みなきものよ」ダールは不規則な呼吸をし、気を静めた。「ファロドは我々の一員ではない。彼は名誉の印(badge of honor)のように悪評(ill repute)を身にまとい、死体の所有物に勝手なことをする(take liberties)。彼は地位の騎士(a knight of the post)であり、最下層の人間と取引(cross-trading)する不潔な奴(filth:「悪党」もある)だ」 彼は一瞬休み、ファロドのことを考えて顔をしかめた。

「ファロドが我々の壁に運んで来るのは皆、生前持っていたより更に、その小さな尊厳を剥ぎ取られる。ファロドは彼らのこわばった指から引き抜けるものはなんでも手にいれてしまう」

「そのファロドは“私”から何か奪ったのか?」

ダールは休み、思案している。「十中八九、な。お前は何か…特に価値のある物を無くしているのかね?」彼は顔をしかめ、声を落とした。「だが、お前の体に肉体的に結びつけられていないいかなるものに対してもファロドは例外を認めることはないだろうし、時にはそれさえも彼の貪欲な精神を休ませるのには充分ではない」

「私は日記を無くしている」

「日記? もしそれに何か価値があるなら、おそらくファロドの手の中にあるだろう」

その男を捜す理由がまた一つ出来た。

「そのファロドはどこに行けば会える?」

「もしも成り行きがこれまでのように続くのであればな、休み無きものよ、お前がファロドを見つけた時に奴がもがいている水たまりがどんなものであれ、その前に奴の方がお前を見つけ出してまた我々の所に運んで来る機会の方がもっと多いだろうよ」

「そうは言っても、私は彼を見つけねばならない」私は言った。苛立ちが声を尖らせる。

かすかな警告がダールの口調に混ざった。「ファロドを探そうとしてはならぬ、休み無きものよ。お前は何ら賢くはなりはせず、ファロドはまた少し小銭を稼ぎ、そうして単にまた完全な輪(full circle)が巡ってくるだけなのは明らかだ。死を受け入れるのだ、休み無きものよ。お前の不幸の輪(circle of misery)を永遠に続けてはならん」

「私は彼を見つけ“ねば”ならない。彼がどこにいるか知っているのか?」

ダールは瞬時無言になった。彼がついに話しはじめた時には、とても不本意な様子だった。「今の所、どんな溝(どぶ)石の下でファロドが寝ておるのかはわからん、だが私が想像するに、彼はモーチュアリーのゲートの向こうのどこか、Hive(ハイブ:蜜蜂の巣箱の意味)の中で見つかるだろう。おそらくそこの誰かが、彼がどこで見つかるかを知っていよう」

「前にあなたは、私の傷のことを言っていた。どういう意味だ?」

「そう、お前の体を飾っているその傷…まるでその傷は下等な男(a lesser man)を真の死の小道へと送り届けてしまうところだったようだが、しかし、その多くはもう既に完治してしまったように見える」ダールは少しの間激しく咳き込み、そして気を静めた。「だが、それらは単に表面の傷に過ぎない」

私のもの問いたげな表情に対し彼は答えた。「私は精神の傷のことを言っているのだよ。お前は多くのことを忘れてしまった、そうではないか? おそらくお前の本当の傷はお前の表面を飾っているその傷よりはるかに深い…」ダールはまたため息をついた。「…しかし、それはお前にもわかることだろう」

はじめて、私はダールを情報提供者としてではなく一個人として考えた。私はちょっと心配になった(felt a trace of concern)。

「あなたは病気のようだ。大丈夫なのか?」

「私は今真の死に近づいているのだ、休み無きものよ。私がエターナル・バウンダリィ(Eternal Boundary:永遠の境界)を超えて、探し求めていた平穏を見つけるのはもう間もなくだろう。私はもうこの死の球体(this mortal sphere)には疲れた」ダールは耳障りなため息(ragged sigh)をついた。「私のような者には、プレーンはもはや何の不思議も有してはおらぬ。

「私は永遠に生きたくはないし、再び生き返りたいとも思わぬ、休み無きものよ。私には耐えられない」

私は彼のことを考え、新たに発見したこの“心配する”という感情にふけって、しばしの間立ち尽くしていた。しかし、私はモーチュアリーを出る方法を見つける必要があった。

「それならそれでいい、さらば、ダール」私が立ち去ろうとして振り向いた時、ダールが話しかけた。

「知っておくがよい:私はお前を羨みはしない、休み無きものよ。お前のように生き返るということは、私には耐えられない呪いなのだ。お前は受け入れなければならぬ。ある時点で、お前の小道(path)はお前をここへと戻すだろう…」ダールは咳をし、喉をゴロゴロと鳴らした。「それが、あらゆる肉と骨の辿る道だ(It is the way of all things flesh and bone.)。


私は部屋の向こう側の出口の方に移動し、あやうく女ゾンビを押し倒すところだった。



(モーチュアリー(4)へ続く)



<メモ>

I do not yet count deafness among my ailments.
意訳で「聴覚障害にはなっていない」とした。

Dhall's voice drops in concern.
「不安に声を落とす」と苦しい訳。

look about to coughing jag
「look about」ではなく「about to」

The dark of your existence lies safe with me.(上手い訳ではないなぁ)

I asked, even as I wondered how I knew her.(訳しづらい…)
even as~ 〜と同時に 〜にもかかわらず

One such as you has left a path many have walked, and few have survived.(なんだかよくわからん訳に…walkedはa pathにかかると思うのだが…)

loyal subject 忠臣

sharing its fluids with the rest of the mountain of corpses
よくわからない。fluidsを流動体とすると「その流動体(うごめくもの)を死体たちの山の残りと分け合って(分け合いながら)」が直訳か。fluidsを血液や内蔵物の類いと考えることもできそうなのと、share〜with the restをどう取るかが難しい。「the rest(残り)」なのか「休息・眠り」なのか。ニュアンスから「死体の山の上で動いていた」としたがかなり怪しい。

fit of coughing 咳発作

pleased to accept a few moldy coppers to dump the lot of you at the Mortuary gate.
「to dump」が「〜のため」とするとなんだか変。「金のために喜んで捨てる」ならわかるけど…? とりあえず曖昧な訳で逃げる。それと、ここのyouは複数でいいんだと思う。

cross-trading
「先物の相対売買」とか「クロス取引」とか訳語はあるが、訳しづらい。
knight of the post? この後主人公は(ゲーム内で)聞き返す。そりゃそうだ、わからん。でも聞いた後の文章が次の「All Fharod brings to〜」なので、なんで「post」なのかやっぱりわからん。

Most likely たいがい、たぶん、十中八九(ほとんど全て、じゃないのね)

take exception to 「〜に反対(意義)を唱える、〜に立腹する」という意味があるがここでは単純に「exception=例外」でいいはず。

not that〜 〜というわけではない

events persist 成句じゃないみたいだけど面白い表現、かも。

whatever ooze puddle 以下はfindの目的語だと思うのだけど、上手く訳せないから切り離してみた(っていうか日本語になるように訳してたら分かれちゃってた)。←後日訳を修正。

I do not know under which gutterstone Pharod lairs
lairの動詞は「めかしこむ」しかないがここは名詞の意味を取って「住む」だろう。にしても訳しづらい。

would have PP 〜してしまうところだった(がしなかった)

know for certain that きっと〜だろうと思う、〜だということをちゃんと分かっている

far side 向こう側


このゲーム最初の難関、それがこのダールとの会話(笑)。多分このゲームを買った人の大半はここで挫折するのではないかと思われる(私も何度も挫折しました…)。長い、長い、とにかく長い。そして抽象的かつ哲学的な内容。しかも出て来る選択肢がやたら多く、全てを問いただすのはかなりの手間。しかしこの会話がある意味ゲームの内容全てを象徴しているわけで、すっ飛ばす訳には行かないのがツライところ。とにかくここを乗り切ればその後は割と楽にモーチュアリーを脱出出来るので、長い長い英文にひたすら耐えるべし。

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