2011年12月21日

スキャン代行業者の提訴について

 作家7人がスキャン代行業者に提訴したそうだ。

 スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき

 会見をちゃんと見た訳ではなく、あくまで↑を読んだ上での感想だが、全くもって愚かしいとしか言いようが無い。

 まず、私は個人的には紙の本大好き人間である。これはちょくちょくこのブログにも書いている。だから、浅田氏の言う「裁断された本、あれを正視に堪えない」という気持ちは個人的にはわかる。しかし、そもそも自吸い(ツイッターでの芦辺拓氏の意見を考慮してあえてこう書く)行為は、浅田氏のいう「10年20年と」いう長い期間作品を持ち続け大切にしたいから行う行為である。彼らはそこのところの理解が出来てない。

 本をもう少し大事にしてほしい、とか、本の尊厳が、等というが、これはあくまでも私のように「紙の本の質感が好き」だとか「装丁全体含めて本を愛する」という、物体としての紙の本が好きな人の意見である。しかし世の中様々な価値観の人が本を買っているのであって、中には「情報としての本に価値を置く」「本の中身(のみ)が大事」という人もいる。そういった人達に自分らの価値観を押し付けるべきではない。この辺りも読んでいて非常に腹立たしい。

 更に腹立たしいのは、まだスキャン代行が完全に違法と判断されたわけでもないのにかかわらず、「このような違法行為」などと言って代行を違法と決めつけ、善対悪の構図に仕立てようとしている意図が見えることである。よく知らない人は「違法とされていることを行っている業者を、作家が提訴したのだな」と思ってしまう。代行はまだグレーゾーンである。

 この作家7人の意見を読んで、納得出来るような意見は何一つ無い。「自分たちが愛する、自分たちの可愛い本が蹂躙されるのが悲しい」という感情論が先にあるだけだ。

 私のような紙の本大好き人間であっても、泣く泣く自吸いする人もいる。
 もちろんそれは所蔵スペースの節約のためであるが、電子書籍には更に、「自分の本棚の全ての蔵書をiPad(など)に入れて持ち歩ける」というメリットがある。私は絶対に自分の本を裁断なんてしたくない派なのでやらないが、これは本当に羨ましいと思う。
 自分が産まれてから今までの間に読んだ本全てを電子化して一生読めるようにだって、今から産まれて来る子たちはもうやろうと思えば可能な世の中だ。本好き、読書好きにとっては夢のような世界ではないか。
 それを手助けしてくれる代行業者に、手間賃を払って代行してもらうことに何の問題があるのか?
 「裁断されるのが嫌」「もっと本を大事に」というのは個人的感情だ。
 「海賊版(データのコピー)流通の温床になる」というが、そもそもネットに違法データを流そうとする人が果たして代行業者に吸い出しをお願いするであろうか? この世から代行業者がいなくなっても(というか存在する前から)、そういう輩は自分たちで文字通り自吸いし、ネットに流すであろう(し、流していた)。
 何故ここで代行業者の方が作家から叩かれねばならないのか理解に苦しむ。
 代行業者に問題があるのなら、古本屋の方がよほど違法だと思うのだが。
 (↑これに関しては、「譲渡権」は一度許諾すると消尽するだとか購入した本は私有財産なのでその自由な売買を規制することが出来ないとかで法的には問題ないらしいが、感覚的なものとして、ね)

 前にもツイッターで触れたが、電子書籍に関しては京極夏彦氏のスタンスがもっとも素晴らしいと思う。
 全ての作品を、ノベルス版・文庫版・電子書籍版・単行本と同時に出版する。
 世の中、「この判組みで読みたい」という様々な人がいて、電子書籍で読みたい人もいれば、出来るだけ安い奴で読みたいという人もいる。単行本を出してから数年後に文庫化していると、そういう様々な読み手のニーズに答えるのが遅くなる(売り機を逃す)、というわけである(中日新聞 11年10月21日より、要約)。
 先の7人の中には「一冊の本を出すのに色んな人がかかわっている(から本を大事にして欲しい)」という人もいたが、ではこの京極氏のやり方はどうなんだ?かかわっている人を無下にしていないし、彼は私なんかよりよほど紙の本愛好家に思える。しかし電子化にも早々に対応している。出版社にも読者にもありがたい対応である。「最初からデータで売ってくれれば自吸いなんてしないんだ」という読者もいる。

 (っていうか京極さんみたいに全ての作家がInDesignで書いてPDF入稿すりゃーいいんだよっての)

 この7人は独善的で頭が古いとしか言いようが無い。そもそも代行業者を「悪」だと捉える感覚がおかしい。もちろん判決次第では本当に「悪」認定される可能性もあるが、悪いのはコピーデータをネットに流す輩である。

 繰り返しになるが、紙の本が好きで好きで、それでも所蔵スペースのために泣く泣く電子化する人だっているのだ。「本を裁断するのに身を切られるような思いをする」のはお前ら作家だけではないんだぞ、と言いたい。




<ふと気づいたので追記>

 ガンダムのゲームをやっていて、プラモデルや玩具、代行制作されたプラモデルをネットで買う(買いたくなる)人がいるように、アニメを見てそのキャラのフィギュアが欲しくなる人がいるように、やはりモニターの向こうのデータを手で触れる3Dで弄りたい、自分の皮膚で感じたり思うように動かしたいって思う感覚が人間にはあるんだと思う。だとすれば、電子書籍が書籍の一般的な形態として流通してからも、電子で読んだ作品を今度は紙の本で自分の本棚に収めたい、手で取って読んでみたいって思って後から本を買うっていうことも出て来るんじゃないかな、とそんな風にも思う。

東野のスカポンタンがとんでもないこと言ってたので更に追記しました




posted by SeireiK at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | BOOK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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